IP/IT Law 日誌

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パブリシティ権侵害と表現の自由(Brown v. Elec. Arts)

日本の知的財産権法実務では、表現の自由が明確に抗弁として提出されるようなことはあまりないかと思いますが、米国では、知的財産権の侵害訴訟において、表現の自由で保護された表現であって、侵害を構成しないという反論がなされ、実際に認められています。

ここでは、最近のそのような例の1つである、Brown v. Electronic Arts, Inc.*1を取り上げます。元アメリカンフットボールの選手が、自分の肖像がゲームにおいて無断で用いられたことを理由として、ゲーム会社を提訴した事案です。

事案の概要

フットボール選手が、ゲーム会社を被告として、ランハム法*243条(a)に基づき*3訴訟を提起したものです。原告の主張は、被告が、自社のテレビゲーム(フットボールのゲームでした)の中で原告を登場させたことが、原告の肖像を無断で使用するものであり権利侵害にあたる、というものでした。

ランハム法43条(a)は商標権侵害で典型的に持ち出される条文ですが、本件のように、肖像の無断使用の場合にも適用されます。パブリシティ権侵害の主張と言っていいと思いますが、ランハム法に基づき主張する場合にはあくまで商標法の範疇ですので、需要者に混同が生じるかどうかという視点で権利侵害の成否が判断されることになり、典型的なパブリシティ権のケースとは視点が異なるといえますね。

この訴訟において、被告のテレビゲームにおける原告の肖像の利用は表現の自由で保護されることを理由として原告に対する権利侵害を構成しないとされるかが争点となりました。

裁判所の判断

第9区巡回裁判所は、このようなケースでは、Rogersテストと呼ばれる判断基準を用いて利益衡量をするというのが、第9巡回区裁判所の立場であるということを確認しました。

Rogersテストが適用されるかという点に関しては、他人の氏名等をタイトルに使用した場合に限られるのではないかということが過去に問題とされていました。というのも、Rogersテストの名前の由来になっているRogers v. Grimaldi*4は、著名俳優の氏名を作品のタイトルにおいて使用した場合について判断した事案であったため、作品の内容における使用が問題となる場合にもその射程が及ぶかは明らかでなかったからです。しかしその点について裁判所は、すでに別の事件で、適用されることを明らかにした*5、と指摘しています。

Rogersテストによると、表現作品*6は、以下の場合を除いて、ランハム法による権利侵害となりません。

  • 表現の根底部分に芸術的な関連性がまったくない場合、又は
  • 表現の根底部分に芸術的な関連性が少しあるときは、作品の出所又は内容について明確に誤認を生じせしめるものである場合

また、Rogersテストが表現作品のための判断基準であることから、テレビゲームも、伝統的に表現の自由による保護の対象とされてきた本、演劇、映画などと同等に表現作品と扱っていいかという点も問題となりますが、その点については、既に最高裁が、テレビゲームにも同等の保護が及ぶことを明確にしているという点を指摘し*7、本件でもRogersテストの適用があるとしました。その適用の結果、本件における被告の行為は、Rogersテストの2要素とも満たさず、原告の権利を侵害しないと結論付けました。

検討

冒頭で、日本では表現の自由が明確に抗弁として提出されることはあまりないと書きました。しかしそれは、日本の裁判所が、表現の自由への配慮を認めていないということなのかというと、そういうわけでもありません。例えば、日本における近時のパブリシティ権の著名事件としては、2012年のピンクレディー事件の最高裁判決(裁判所HP)が思い起こされますが、そこで最高裁は、権利侵害となる要件を判示する直前の部分で、次のように述べています。

肖像等に顧客吸引力を有する者は,社会の耳目を集めるなどして,その肖像等を時事報道,論説,創作物等に使用されることもあるのであって,その使用を正当な表現行為等として受忍すべき場合もあるというべきである。

「正当な表現行為として受忍」という言い回しは、根底には憲法によって保障された表現の自由を保護すべしとの考え方があることを伺わせます(裁判所が直接、憲法21条に基づき判断する、ということを言わないのは、憲法の私人間効力の問題*8への配慮でしょう。)。その意味で、大枠では日米に共通性があると言えると思います。ただ、米国に見られるような、類型的な利益衡量の判断枠組みが日本の判例で提供されているかというと、そうとまでは言えなさそうです。

表現行為が国をまたがるということが珍しくなくなって久しいです。知的財産のうちでも、パブリシティ権のように、要件を詳細に定める法文がない権利は特に、国際的な動向も踏まえた合理的な判断枠組みが、判例によって形成されていくことが望まれます。ピンクレディー事件で掲げられた要件が、米国をはじめとする外国の議論も踏まえてさらに、判例によって精緻化されていくことを期待したいですね。そのためには、裁判所のみでなく、我々弁護士の努力も当然必要だと思います。

*1:Brown v. Elec. Arts, Inc., 724 F.3d 1235. 9th Cir. 2013).

*2:Lanham Act。ざっくりいって、日本の商標法に当たります。

*3:原告は他にも、カリフォルニア州法に基づく請求もしていましたが、ここで取り上げる内容に直接影響しませんので、省略します。

*4:Rogers v. Grimaldi, 875 F.2d 994 (2d Cir. 1989).

*5:"Although this test traditionally applies to uses of a trademark in the title of an artistic work, there is no principled reason why it ought not also apply to the use of a trademark in the body of the work." E.S.S. Entm't 2000, Inc. v. Rock Star Videos, Inc., 547 F.3d 1095, 1099 (9th Cir. 2008).

*6:expressive work. 少なくともこの本文との関係では、commercial workではなく、表現の自由の保護が十分に尊重されるべき作品の種類と理解しておけばよいかと思います。

*7:In Brown v. Entertainment Merchants Ass'n, the Court said that “[l]ike the protected books, plays, and movies that preceded them, video games communicate ideas—and even social messages—through many familiar literary devices (such as characters, dialogue, plot, and music) and through features distinctive to the medium (such as the player's interaction with the virtual world)” and that these similarities to other expressive mediums “suffice[ ] to confer First Amendment protection.”Brown v. Elec. Arts, Inc., 724 F.3d 1235, 1241. (9th Cir. 2013).

*8:憲法公権力を拘束するものであり、私人間の紛争解決に直接適用することはできないのではないか、という問題